TUSAC初夏の山行「黒岳」        



2026 5.20

 

「初夏の山行」の2回目は、御坂山地の最高峰「黒岳」1792m。笛吹市が整備したFUJIYAMAツインテラスからの大展望と、麓の二ホンスズラン群生地が観光の呼び物。ところが今年、スズランは花芽を鹿に食べられてしまい壊滅。それでも20人乗りのシャトルバスはほぼ満員だった。ツインテラスが知られてきたようだ。

バス終点から5分ほど登ると目の前に富士山が現れる。まったく突然の出現に息をのむ。眼下には河口湖が大きい。ここは第二テラス。記念撮影用にカメラを置く台もあって至れり尽くせりだ。すこし歩くと第一テラス。こちらの方が広い。

テラスをあとに稜線を進むと、まず破風山。ミズナラやブナの新緑になかで、濃いピン

 クのミツバツツジが鮮やかだ。いったん下って、スズラン峠から黒岳へ登る。

途中やや急な斜面があるが、距離は短く問題ない。一等三角点のある黒岳山頂は木立

に囲まれているので、南に少し下った展望のきく尾根筋で昼食。吹き抜ける風が気持ちよく、満ち足りた気分。

山頂まで戻ると、あとは下るだけ。車道へ出たところで、先導の木邨が方角を間違え、10分のロス。タクシーの予約時間が迫っていたので焦ったのが敗因。

石和温泉の「慶山」旅館で日帰り入浴。汗を流して、塩山駅前の居酒屋「はちまる」で懇親。熊本から取り寄せた馬刺し、きゅうりや大根の漬物が絶品。話が弾んだ。

天気も何とか持ちこたえ、富士山と新緑の山を目一杯楽しんだ一日だった。

次回は「初夏の山行」から「春の山行」に切り替え、1泊2日で実施。幹事は藤原和敏さんにお願いすることになった。

 

 

〔日程〕 2026年5月20日(水)

〔行程〕 石和温泉駅北口1015~(タクシー)~1055リリーベルヒュッテ

     シャトルバス1115-1125 新道峠富士山テラス下駐車場

      富士山テラス1140…1215破風山…1315黒岳・昼食1345…1435分岐…

1445林道…(道間違え)…1510リリーベル1515~タクシー~1550

石和温泉・慶山(入浴)  石和温泉1659‐1712塩山 

   〔参加〕 内田 博 高井 延幸 高井 紀栄  伊東 毅 藤原 国生  益崎 健二郎 

木邨 光宏  藤原 和敏 

 

※ 日之出観光タクシー 0120-62-2133

※ 居酒屋 はちまる 0553-32-4333   (090-4126-1940)

※ 列車 往路 かいじ7号  復路 かいじ52号

※ ジャンボタクシー往路11,080  復路10,380  シャトルバス@1,500

  居酒屋はちまる 47,420

 

tusacハイク、御坂黒岳、木邨幹事.

8:03の急行、町田で横浜線、八王子からかいじ7号、10:08石和温泉駅着、内田、高井夫妻、益崎、ふじくに、藤和の8人、マイクロバスで旧芦川村のリリーベルヒュッテ、残念ながらお目当てのスズラン群生地は鹿に食われて全滅、跡地だけ見学、シャトルバスで新道峠、富士山テラスへ。予報に反して天気は晴れ、富士山も河口湖も見える大展望。黒岳への登りではトウゴクミツバツツジが咲いてなかなかいい感じだ。黒岳の先の展望台で昼食、天気はずっと良い。下りは日向坂峠への途中から左に下りて林道に出てリリーベルに。15時過ぎ到着、マイクロバスに乗って石和温泉のホテル慶山で日帰り入浴1500円、お湯の温度調節が出来ず、ちょっと熱い。駅まで歩き、電車で塩山、はちまるで打ち上げ。料理はすでに並んでいた。生ビールで乾杯、料理は辛いものが多く食べられないものが多い。ビールの後の酒も飲まないし、なんだか中途半端で不満が募った。ここはもういいなと思った。みんなは喜んでいたので、この次はどうしようかと思う。そんなわけで不満の残る打ち上げだった。来年からは藤和が幹事をやるとか、どうなるかな。

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TUSAC秋山奥高尾

2025年10月22~23日

奥高尾は幹事内田さんのホームグラウンド

参加者はハローさん、高井夫妻、木邨、益崎、藤和、伊東の8人。

 

 





10月22日

朝から雨で寒い。ダウン着て、傘さして13:45自宅発、駅前のOXマートで明日のパン買って駅に入るも早過ぎて、小田急横浜線も中央線も予定より前の電車、高尾に1時間前に着いてしまった。しばらく待っていたら高井さんと木邨が来たので、駅舎並びにある群言堂という喫茶店に入り、コウカ茶というのを飲んだ。やわらかなハーブティーみたいなもの。益崎、藤和も来て15:42のバス、30分余りで宮の下バス停、今回の宿、夕焼け小焼けふれあいの里オオルリの家はすぐ、内田幹事は先に着いていた。部屋割りは木邨、益崎と3人、10畳くらいの広い部屋、トイレ、バス、洗面所付き。まず風呂、オオルリの湯、沸かし湯だが広くて気持ちいい。内田幹事の部屋で一杯、缶ビール、みなはワインと日本酒、夕食はお食事処いろりばた、広い食堂、客は我々のほかはカップル1組、料理がいっぱい、合鴨陶板焼きや天ぷら、刺身など、最後は蕎麦、腹一杯になった。それから再び幹事部屋に集まったが、間もなく、高井さん、木邨、益崎が眠り始めたのて、早めに解散、各部屋にもどる。布団敷いて8時頃には就寝。まあまあ眠れた。

 

10月23日

6時頃起床、朝食は8時とゆっくり。おかずが多いが普通の朝食、9時半出発なので、これまたゆっくり。着替えなど、要らない荷物をフロントに預けて下の1階の出口から出る。水車の前で記念撮影して、内田さん先頭で歩き出す。裏高尾北山陵の黒ドッケまで約400mの登り。おおむね杉の植林地だが、結構傾斜は急。ジグザグ道を約150m登って尾根に出て.小さなアップダウンから右へトラバース、ちょっと道が狭いところでハローさんがスリップ、右の斜面にずり落ちそうになる。後ろにいた藤和が押さえて、危うく滑落を免れた。足が上がらない感じで、おぼつかない足どりだったので、藤和が警戒していたので良かった。その先トラバース道が終わって尾根に乗ったところで休憩、ハローさんは前進を断念、ここで待っているというので、木邨がついて残り、他の6人であと150m、黒ドッケへ向かう。ここの登りも結構急で滑りやすかったので、ハローさんはやめて良かったかも。この登りで単独のハイカー、2人が追い越して行った。1人はトレランみたいだった。黒ドッケの頂上はその名の通り、針葉樹に囲まれて展望はなし、北高尾山稜の小さなコブのようなところ。写真を撮ってUターン、来た道を下る。ハローさんの待つ分岐点へ下りて昼飯にする。天気が良くなって暖かくなってきたのでゆっくり出来た。さて下りは木邨がロープを出して、ハローさんの腰に結び、タイトロープで繋がって歩く。さすがに下りは早い、最後の尾根の分岐は左のルート、同じようにジグザグ道、予定より早く14時過ぎにオオルリの家に帰って来た。このまま風呂に入らないで14時38分のバスで行って、高尾での懇親会を2時間繰り上げることになる。高尾駅南口のたまの里、普通の居酒屋、大したものはないが安いのが取り柄か。生ビール一杯、夕食兼なので、せっせと食べて、最後はざるそば、ちょっとたれが甘いが悪くはない。ハローさんが酒代を持ったので、1人2500円。そこで解散、京王線高幡不動、モノレールで多摩センター、小田急で帰って来た。

 

 

中澤墓参、朝比奈切通ハイク




中澤墓参、8時過ぎに出てOXマートで助六を買って駅に行ったら、柿生でトラプル、列車遅れ、どうなるかと思ったが、数分遅れの快急、藤沢、大船と接続がよく、逆に早く逗子に着いた。荒川、高井、木邨、フジクニ、益崎と6人、バスで横須賀市民病院、送迎車で南葉山霊園、事務所で花と線香を買って、中澤家の墓所に行くと、中澤の奥さん檀さんと息子と娘の3人が来ていた。12日が命日なので、丁度出くわしたということだが、お互い偶然

を喜ぶ。花と線香、日本酒を供え、お参りしてから、献杯、TUSAC LIEDを歌って、中澤を偲ぶ。終わって事務所で持参の昼飯を食べ、送迎車で佐島バス停、京急バスで逗子葉山駅、京急六浦駅。そこから朝比奈東の住宅地を抜けて、横浜、逗子、横須賀の3市境界を目指して薮っぽい尾根道に入る。木邨が一度歩いているというので、全てお任せ。藪の入り口でスパッツを付け、ダニ避けのスプレーをかける。藪っぽいがしつかり踏まれた道で左側は池子弾薬庫、現米軍住宅地で番線の柵があり、立ち入り禁止。笹薮の中の道は風も通らず蒸し暑い。結構歩いて3市境界の尾根に達し、少しいい道を朝比奈切通熊野神社に向かう。熊野神社に出ればあとはさらにいい道、朝比奈切通を通過、下り道も余り水が流れていなかったので、案外簡単に三郎の滝から十二所果樹園からの道に出た。さらに住宅地を抜けて金沢文庫からのバス道、十二所バス停から乗って浄明寺で下車、一条恵観山荘を見学する予定だったが、既に16時、今日の見学は終了していた。仕方なくバスで鎌倉駅、懇親会場の津久井へ行ったがまだ準備中、しばらく待って17時開店。店内1階の畳の部屋、鉄板焼きのちゃぶ台に小さな座布団6つ、脚を伸ばせず、高齢者にはきつい席だったが、人気急上昇の店で文句も言えない。とりあえず生ビールで乾杯?献杯鉄板焼きのホタテ、イカ、鴨、豚肩ロース、豆腐、タコ天お好み焼き、最初自分たちでやり始めたら、見かねた女将?が出て来て、みんな焼いてくれた。その手際の良さに感心しながら、ありがたく賞味、席の不満を解消まではいかないが、満足の会になった。19時頃終了、帰りは鎌倉、大船、藤沢経由20時半帰宅。

 

2506甘利山

 

甘利山富士とレンゲツツジ

甘利山頂上

鈴木邸

 

平沢峠から八ヶ岳

野辺山電波観測所見学

45mパラボラ







 

〔期  日〕 2015(令和6)年6月5日 (木) 記録木邨

 

 

〔参  加〕 高井 紀栄 大谷 尚史 木邨 光宏 藤原 国生 藤原 和敏(日帰り)

      鈴木 靖二  内田 博  高井 延幸  伊東 毅 益崎 健二郎(鈴木別邸泊)

〔行  程〕

韮崎駅発1000-(タクシー)-甘利山駐車場1100…1155甘利山…1235奥甘利山・昼食1255…1350-(タクシー)‐1430武田八幡宮…1540白山温泉

 

韮崎駅でジャンボと中型タクシーに分乗、白山温泉で鈴木さんと合流。一気に1300m近く登って甘利山駐車場へ。

 天気晴朗、風はおだやか。ホトトギスの鳴き声が響き渡る。最初に到着した東屋の広場で、目の前に現れた富士山にテンションが上がる。少し登って次の広場、さらに登って平らな甘利山の山頂1731m。大展望が続く。いったん下ってから1843mの奥甘利山へ。平均年齢83歳超?のロートル隊、急登をものともせず登り切った!

気持ちの良い疎林の山頂広場で昼食。大谷がいつものようにガスバーナーでお汁粉をふるまうが、下山の時間が気になる木邨の目は三角。しかし大谷少しも動じず。さりげなく伊東手伝う。 足場の悪い急斜面で下りが心配されたが、今回はみな無事に乗り切った。

 お目当てのレンゲツツジは4~5分咲きだったが、ズミ(コナシ)は満開、まばゆいばかり。若葉きらめく初夏の山を心行くまで味わう一日だった。

 武田八幡宮でタクシーを降り、参拝。もと氏子総代という男性が来合わせ、本殿内部の写真まで見せてくれた。熱心な説明に武田氏の往事を偲ぶ。

 ノーベル賞の大村先生が私費を投じたという白山温泉・大村美術館で疲れを癒し、泊り組は鈴木車で清里の鈴木別邸へ。日帰り組は市民バスで韮崎駅へ。バスが到着する時刻の1分前に、藤原和がストックを忘れたことに気づき、温泉まで取って返す。往復350mを韋駄天走り。「さすが70歳台」と称賛を浴びた。

 一泊組は鈴木別邸で「山の大尉」を熱唱?

日帰り組は、食堂「だるま」で一献。やっぱりビールは旨い。

 

タクシー ジャンボ・往 ¥8380 復¥7080  中型・¥7400 復¥6200

 

2410 TUSAC秋の山行茅ヶ岳






2024年10月23日

TUSAC秋の山行、茅ヶ岳、幹事都留さん。午後2過ぎ新百合発、登戸から南武線で立川、かいじ31号で甲府、各駅で韮崎着16時44分、10分ほど歩いてホテルルートインコート韮崎へ。入り口で都留さんが待っていた。チェックインして、部屋で着替えて大浴場、まあまあだった。6時1階の食堂集合、都留、内田、高井夫妻、賀来、益崎、木邨、藤和、伊東の9人、生ビール1杯、つまみをいろいろ取って食べる。大衆居酒屋風だが、味はいまいち。まあ安いからいいか、界隈には店が無いから仕方ない。1時間余りで終了、部屋でちょっとテレビを見て早めに就寝。シングルルームだから気楽でいい。

 

10月24日

5時過ぎ起床、6時半から朝食、バイキング、美味しいものはないが、まあこんなものか。1泊朝食付きで8600円、ビジネスだけど田舎はまだ安い。8時ジャンボタクシーで出発、深田公園から歩き出し、ゆるやかな登りだがペースが遅いので女岩まで2ピッチでいかない。後から来たパーティーにどんどん抜かれる。女岩から急登が始まるが都留さんの足が進まず、どんどん遅くなる。これは到底頂上には行けない。急な上に滑りやすい道で、更に2ピッチで稜線、その上の深田久弥終焉の地の石碑まで、15時半にタクシーを呼んであるのでこれ以上は無理、時間切れでここが最高到達点、昼飯を食べて、来た道を下る。下りになると都留さんのペースがさらに落ちる。女岩までの急坂は危ないので、都留さんを挟んで内田さんと3人でゆっくりゆっくり下る。女岩からは特に危ないところはないので、みんなはどんどん先に下りていく。都留さんはこんなことはなかったのだが、余程体調が悪いのだろう。余り遅いので、こちらも足がおかしくなり、足元がふらつくようになってしまった。15時半は到底間に合わない。このあと塩山で打ち上げの予定があるので、先に下りた5人のうち4人がタクシーで韮崎駅へ下り、16時4分の列車で塩山に向かい、高井さんが1人残って、タクシーをもう1台呼んで待っているという。16時も回り、16時半近く、ふらふらになりながら深田公園に着いた。タクシーでホテルの駐車場に止めてある都留さんの車からみんなの荷物を持ってタクシーで韮崎駅へ、都留さんは車を運転して帰るという。大丈夫かと思ったけど、そこは本人に任せるしかない。韮崎からは16時53分のあずさ44号に乗って塩山には17時16分着いた。駅前の居酒屋「はちまる」前には益崎が待っていた。わざわざ塩山で打ち上げをやるのは一昨年の山県館、白沢の帰りに寄ったはちまるが評判良かったからで、その時は車で来ていたので、1人先に帰ったが、木邨、益崎たちはその後も来て、今回は休みの日に我々だけのために店を開けてくれたという、益崎幹事の特別手配のため。飲む方は生ビール1杯だけ、料理は鴨、しめ鯖、やっこ豆腐、しらすおろし、牛蒡のたたき、茹でピーナッツなど、みな美味しい。女将?ママが美人なのもみんなが気に入っている要因だろう。19時17分のかいじで帰宅。

 

2410 中沢さん追悼ハイキング 記録 

 

 




       

 

〔日  程〕 2024/10/12(土)  逗子駅9時集合

〔参  加〕 高井 延幸 伊東 毅  大谷 尚史 藤原 国生  益崎 健二郎 木邨 光宏 

 

逗子駅から京急バス横須賀市民病院まで30分。このバスはいつも混む。送迎車で「南葉山霊園」へ。日差しが強く、汗ばむ陽気になった。

穂高の稜線が刻まれた墓石を前に、大谷が用意した「菊水・ふなぐち」で献杯、好みの酒に目じりを下げる中澤の笑顔が目に浮かぶ。「早かったと思っていたが、75歳ならまずまずか」と高井さん。みな、それなりに納得する。TUSACリードを歌って辞去。

 「逗子・葉山駅」北口の「フラワーショップこんの」で、伊東が手配した花のアレンジメントを受け取る。きれいな花だが、水が入っているのでなかなか重い。

 神武寺駅で下車。「米軍家族専用出入り口」を横目に歩き出す。基地のゲート前では、日本人警備員から「写真を撮るな」と声が飛んできた。

 大きなトンネルを抜けると池子の森、まだ返還されたわけではなく、日米共同利用地域となっているらしい。緑に包まれた広場で昼食。大船軒の鯵の押寿司は値上がりしていた。

森を出て住宅街に出たところで行き過ぎてしまい、うろうろしていたら中澤夫人の笑顔に迎えられた。ほぼ毎日ヘルパーの仕事をしているということで、元気そう。仏壇にお花と、これも好みだった「真澄」を供え、お線香をあげる。写真の中澤に別れを告げ、手土産までいただき恐縮して出立。

久木大池から稜線に上がり、旧池子弾薬庫を囲む柵に沿って進む。「立ち入ると罰せられる」という防衛施設庁の警告が目に入る。このあたりはまだ戦後が生き残っているようだ。

森の中でフジクニの白いヘルメットが目立つ。奥武蔵で先月下山中に転倒、肩を強打したとのこと。大谷も折り畳みのヘルメット。益崎は膝の持病に加えて腰を痛めたということで歩幅が伸びない。みなそういう齢になった。

やがて十二所果樹園の最上部に出た。展望も開け、吹き抜ける風が心地よい。朝比奈切通しまで行くと日が暮れそうなので、ここまでとする。標高140m。まあ十分か。

急な階段を慎重にくだり、あとは良い路を十二所バス停へ。バスはすぐ来た。時間が早いので藤沢まで江ノ電で行くことにした。すごい混雑に驚く。

藤沢駅南口のビルで「三吉クリニック」のプレートを確認、どうしているかなぁ。近くの「創作割烹・茂礼」で懇親。料理は上品。田酒は冷が3人、ぬる燗2人、伊東は麦酒。

 

〔行  程〕 バス905-935横須賀市民病院 復路市民病院1051-1120逗子・葉山駅

神武寺駅1250…1210基地ゲート…1240池子の森(昼食)1305…1320

中澤邸1345…1410久木大池1415…1430稜線…1530十二所果樹園上

…1610十二所バス停1616-1630鎌倉駅 江ノ電鎌倉駅1648-1725藤沢

懇親会場・茂礼(しげのり)着1740                        (木邨 記)

ミツマタ「秘密の花園」

      

 

〔日 時〕 2024(令和6)年3月19日(火) 愛甲石田駅10時集合

〔参 加〕 内田博 伊東毅 大谷尚史 藤原国生 益崎健二郎 木邨光宏

〔行 程〕 林道ゲート1040・・・1050山ノ神隧道・・・1140不動尻・昼食・探訪1310・・・1415弁財天入り口・・・弁財天1450・・・1515広沢寺温泉1635・・・1655居酒屋福ちゃん

 

愛甲石田駅からタクシーで出発。日産セレナはぎりぎり6人乗れる。ただし荷物は膝の上。狭くて急な「二の足林道」をぐいぐい登る。歩いている人たちに申し訳ない。

標高300mの車止めゲートから我々も歩き出す。「山ノ神隧道」は230m、足元が見えない真っ暗闇だが、横着者ばかりで誰もリヒトを出さない。トンネルを抜けると谷太郎川の深い谷。早春の花を愛でながらのんびり歩いて不動尻の「秘密の花園」に着いた。

高齢6人組は“花よりめし”、テーブルとベンチを確保し、持ち寄ったバーナーでお湯を沸かし、大谷シェフが餅入り汁粉をふるまう。今回はやや薄味に仕上がった。続いてスープ、もずく、コーン、玉ねぎなどいろいろ。あとは伊東の助六をはじめ、各自。

昼飯に満足して「秘密の花園」探索に出発。薄日が差し始めて、黄金色のミツマタが輝きを増してきた。木邨がミツマタについてウンチクを披露。中味は一年前、栃木県の「焼森山・妖精の森」で聞いた話の受け売り。

帰りの「山ノ神隧道」は寒かった。往復このトンネルをくぐるので、「秘密の花園」も有難味を増すというものだ。下って「大釜弁財天入り口」の石標から大沢川沿いの細道に入る。途中から道はだんだんワイルドになり、堰堤で行き止まり。結局右岸の林道に追い上げられた。滑岩では数人がクライミング練習中。フジクニの話では、昔、沼田さんが登ったらしい。ツルツルの岩場をどうやって登ったのだろう。

ここで時間切れ「見城山は断念」ということで衆議一決。大釜弁財天にお参りして広沢寺温泉に下ることになった。

トロリとした広沢寺温泉の露天風呂にゆったりと浸かり、今度はタクシー2台分乗で愛甲石田駅近くの居酒屋「福ちゃん」へ。小上がりで益崎は膝が苦しいが膝が苦しいが、何とか収まる。アジ、イワシ、だし巻き卵、みなうまい。白波をボトルでとって歓談。内田は「もう一本追加」と誰かが言い出すのではないかと心配したようだが、杞憂に終わった。さすがにみな80歳超。わきまえている。(敬称略)