オートルート4 

 

4月27日(水)晴れ時々曇り、上部はガス
食事(6:00)  アルジャンチェール小屋発(7:05)~シャルドネ氷河下部、クトー着用(7:25)~シャルドネ氷河中間(8:25~8:35)~シャルドネのコル(10:15)~サレイナ氷河源頭(10:30~10:50)~サレイナの窓(12:40)~エカンディのコル(14:00~14:12)~アルペッティの牧場(15:10)~車道(15:30)~シャンペのロッジ(15:50)

今日も天気がいい、ドロワット、トリオレ、モン・ドランにピンク色の雲が映える。5時に起きてパッキングを済ませ、6時に朝食、シリアルとパンとチーズ、コーヒー、紅茶、まあ朝はこんなものか。一晩寝たが頭痛はたいしたことはない、胃の具合も悪くなっていないのでホッとした。内外問わず山小屋の問題はトイレ、この小屋も例外ではない。個室は3つあったが、1つは使用中止で2つしか使えないので朝は大変だ。個室の中はステンレスの床が微妙な傾斜になっていて、真ん中に直径10cmほどの穴が開いている。排出物はその穴に吸い込まれるように入って、そのまま岩壁の下に垂れ流しとなる。片隅に60cmほどの棒が置いてあり、穴に入り損なったモノは、この棒でつついて入れるようになっている。ひどい悪臭はないが、足場と穴の位置関係が微妙でなんともすわり心地がよろしくない。前の晩とか空いている時間帯に用を足せる人はいいが、小生などは朝食を食べてからでないと埒があかないので、朝食は一番にすませ、誰よりも早くトイレを確保するのが日課になった。この日も一番にかけこみ、まずまずの首尾、あとはゆっくり支度にかかることが出来た。だが7時出発予定が7時5分になったのは、このトイレ事情が原因、約一人が順番待ちのため5分立ち遅れてしまったのである。
小屋を出て20mほどは狭く、急な通路なのでスキーを持って歩き、やや広くなったところでスキーをはいた。と言ってもここも急斜面で雪は固くクラストしているので、トラバースして行くのも大変である。こわごわ横滑りをしている時、益崎が谷スキーを引っ掛けて転倒、アッと思う間もなくスキーが1本外れて、急な雪面を滑って行ってしまった。ストッパーは付けているのだが、クラストした雪面には全く効かない。幸い30m程下が氷河で平らになっているのでそこで止まった。キムがさっと滑り降りてスキーを拾い、担いで登ってくる。小屋を出ていきなりの事で益崎はちょっとショックだったかも知れない。その後の滑りもいつになく緊張して腰が引けているように見えた。
シャルドネ氷河の下部は昨日見たとおり、やっぱり急である。クトーをつけキックターンを繰り返して登っていく。昨日アルジャンチェール小屋で一緒だった人たちが相前後して登って行く。みんなオートルートに行くのだろうか、彼らは若く、いかにも体力がありそうで、登り方も力強い。でもキムのルートどりが的確なのか、抜いたり抜かれたりでいいペースである。キムはこんなところではクトーは使わない、今回の山行中一度も使わなかった。多分最初から持って行かなかったのだろう。それほど、体力・技術に差があるということだ。
やがて傾斜がゆるくなり、安心して歩けるようになる。この登りではクレバスなどはないのか、途中からキムはどんどん先に行ってしまう。早く行ってコルでザイル工作をしている、我々はマイペースで登って来い、とのことである。ということで途中で行動食を食べたり、水を飲んだりしながら、ゆっくり登る。一緒に登っていた外人たちも、はるか先に行ってしまった。前方にコルは見えるがその上はガスがかかり、シャルドネもアルジャンチェールの針峰も雲の中、コルに近づくにつれ、風が強くなってきた。そのうち先にコルに着いたはずの外人たちが戻ってくる。風が強いので下で待機する、という人もいたし、そのままどんどん下りて行ってしまう人もいる。どうなっているのか分からないが、ともかくコルまで行くと、キムがすでにザイルをセットして待っていて、「ジャケットを着てスキーをザックにつけろ」と言う。強風の中、手早く準備するとザイルの末端を小生に、その5mほど中に木邨をアンザイレン、そのまま二人つながってコルから降りろと言われた。コルの先、サレイナ氷河側は恐ろしく急である。おまけに狭い。記録を読むと、ここはスキーを履いて懸垂で横滑りで下りるとなっていたのだが、どうも違うようだ。最初、そうかクライムダウンするのか、と思ってステップを蹴りながら下りていったら、続いて下りてくる木邨が、歩かないで懸垂のように体重をザイルに預けるのだ、と言う。よく分からないが、どんどんザイルは出てくるし、駆け下りるように下っていく。途中氷になっているところもあり、蹴飛ばしてもステップがあかないので、ザイルにぶら下がるしかない。真ん中へんまで下りたところで一旦ザイルが止まる。すぐ下に支点があって残置ロープがあるが、そこまでは届かない。こんなところで止められても困るな、と思ったら、再びザイルが伸び始めた。どうやら50mザイルのつなぎ目だったらしい。その先はやや傾斜がゆるみ。雪も軟らかくなったがさらに50下ったところで、安定した雪面に達した。やあ、面食らった、二人いっぺんに下ろすなど、まるで荷物じゃないか、ザイルの太さも7mmかそれ以下だった。静荷重だから、この細さでも大丈夫なんだろうが、説明も何もなしだからびっくりする。続いてフジクニと益崎も下りてくる。二人が下りきると、ザイルを投げ下ろし、キムが下りてくる。アイゼンとピッケルでクライムダウンである。Netの記録などではここはガイドの腕の見せ所、スキーで颯爽と下りてくる、と書いてあるのだが、あの狭いルンゼと青氷ではスキーは無理だろうと思われた。キムに聞いたら、近年の雪の少なさで岩が出てルンゼの幅が狭くなってしまったのだと言う。そういうことだろうな、狭いところはスキーの長さがやっとだから、あれでは懸垂横滑りも出来ない、新井君ならともかく、ガイドと雖もスキーで滑るのは無謀だろう。キムも無事到着、ドロワットの北壁を1日で駆け抜ける実力の持ち主だから、こんな下りはなんでもないのだろう。キムのピッケルはシャフトの途中で斜めにカットして短くしてあり、普段はこれをザックの中にしまっている。携帯には便利そうだが、使い勝手はどうなんだろう。ともあれ、これで最大の難関の一つを突破した。
ここはサレイナ氷河の源頭、風はないが天気は良くない。ガスが広がり、相変わらず上のほうは見えない。次はサレイナの窓を目指し、シールをつけたまま左側、岩場に近い斜面をトラバースして行く。我々の前に1パーティー先行しているのだが、彼らはサレイナの窓ではなく、1本手前の氷河を登っている。そこにも急な雪の斜面の上に窓のようなコルが見えている。最初、あそこがサレイナの窓かと思ったのだが、キムは彼らのトレールを離れてどんどん先に進んで行く。やがて左から伸びる岩尾根を回り込むと、その先に正しいサレイナの窓が見えた。キムに聞いたら、彼らはルートを間違えたのだろう、とこともなげに言う。たしかに間違えそうな似たような地形ではある。でも地図やルート図を見れば分かりそうなものだが、そんなものだろうか。帰国してクリフのガイドを見たら、あれはトゥールの窓と言うのだそうで、間違えないように注意すること、と書いてあった。
このあたりは氷河の斜面を取り囲んで岩壁が立ち上がっていて、横尾の本谷からキレットにかけてのカールに感じが似ている。もっともスケールは全然違うのだが。そしてサレイナの窓の急な雪面の下に到着、この斜面を途中までシールで登ったが、途中のキックターンで益崎がバランスを崩し、支えようとした木邨の手からストックが離れて斜面を落ちて行ってしまった。幸い落ちた距離が短かったので、すぐ回収出来たが、ともかく急すぎるので途中でスキーをザックにつけ、キックステップに切り替えることになった。斜面が急なので腰を曲げるとスキーのトップが雪面にぶつかるくらいだが、もともとステップがあるところへキムが大きなバケツを掘って行ってくれるので後続は楽である。ひと登りでサレイナの窓に到着、窓の向こうは平らな雪面になっていて、そこは広大なトリアン・プラトーの一角だった。トリアン氷河から風が吹き付けるので、ゴアの上下をつけ、シールを外してゆるいプラトーを下っていく。視界はあまり良くないがルートは分かるようだ。最初右の方にトラバース、やがて右前方の高台にトリアン小屋が見えてくる。今日、天気がもっと悪かったり、ここまでに時間がかかったりしたら、トリアン小屋泊まりも想定されたが、まずは順調に来たので小屋には寄らず、そのままエカンディのコルに向かう。その前にトリアン氷河のセラック帯を抜けなければならない。右に岩壁、左下に青氷のセラックが口を開けている狭い急斜面を下りる。Netの記録の中には最大の難所と書いてあるものもある。キムのトレールを外さないよう、慎重に滑る。最も狭いところは横滑り、転倒は許されない、ゆっくり慎重に下る。雪は余り良くないがキムが先に横滑りで削り取ってくれるので、その後を滑っていれば引っかかることもない。なんとか全員無事にトラバースを終え、エカンディのコルの下に到着、そこで再びスキーを担ぎ、キックステップでコルへの急斜面を登る。50mほどでコルに達した。岩陰に風をよけて一休み、やれやれ難関突破である。オートルート全行程中、この日が技術的に難しいところで、あとは体力が続くかどうかになる。
このあとはアルペッティの谷を滑り下りるだけ、ここは午後になると雪が腐って滑りにくくなる上、左岸エギーユ・ダルペッティからの雪崩も警戒しなければならないのだが、今日は天気が良くないので雪がそれほど悪くならなかったのが幸いである。それでも軽いハーフクラストで快適とは言いがたい。エカンディのコルからシャンペまで1300m余りの下り、傾斜はきつくないので技術的には全く問題ない。長い距離を一気に滑ると息が切れるし、足に乳酸がたまるので、スピードを出さず、小刻みに止まりながら滑るようにした。ウェーデルンやパラレルで飛ばしたいところでも、シュテムで着実に省エネスキーに徹する。どんどん高度を下げ、2000mくらいになるとさすがに雪が湿って重くなる。そのうち樹木も現れ、緑の牧場のようなところに出たと思ったら雪のない道路が現れた。キムはそのままスキーを手で担いで歩いて行く。あとをついて行ったら小さなスキー場が現れ、もう一度スキーをはいて一滑り、その下で舗装道路、マルティニーから来る道に出て完全に終わりになった。地図に標高1498mとあるところ、さらに20分、車道を歩いてシャンペの湖のほとりのロッジに到着、ここが今夜の宿だった。
シャンペはスキー場もあるが、小さなシャンペ湖のまわりの避暑地のようなところで、今は人の姿も見えず閑散としている。泊まったロッジも休業中で我々だけのために開けてくれたのだそうだ。スイス山岳会の関係する宿のようで、キムも父親と一緒に子どもの頃から利用しているという話だった。寒村とは言え、ここは下界、きれいなベッドがあり、シャワーもある。濡れ物を干し、汗を流してリラックスした。
夕食はホンデュー、正真正銘のチーズ・ホンデューで白ワインに融かしたチーズをパンに絡めて食べる。ほかにおかずなどはなく、シンプルと言えばこれほどシンプルな飯もない。あとは赤ワインだけ、でも禁酒、節制中なので、さすがにちょっと物足りなかった。