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4月28日(木)晴れ
起床(8:00)シャンペ発(8:20)=オルシエ=ベルビエ・ゴンドラ乗り場(10:30)=ベルビエ・ゴンドラ中間駅(11:00)~モンフォー小屋(12:15)~ショーのコル(14:20)~ショーのコル下、シール着(14:45)~モマンのコル手前・昼食(15:20)~モマンのコル(16:05)~ローザ・ブランシュ肩、シール外す(16:50)~プラフルーリ小屋(17:25)

前日、キムから、明日は8時10分にタクシーが来るから、それまでに食事をして準備するように言われた。朝食はポットにお湯を入れてあるので、いつでも食べられる、ということなので、6時に起床、我々だけで食べる。キムはもともと早起きが苦手で、その上、前夜遅くシャモニーから奥さんがやって来ているので、今朝はゆっくりだ。昨日のホンデューが物足りなかったせいもあって、みんな朝から食欲旺盛、シリアルとパンと紅茶をどんどん食べて、気がついたらシリアルのミルクがなくなって、パンも2切れしか残っていなかった。これではキムと奥さんの分が足りない、と思ったが、もう後の祭り。まあ彼らはそんなに食わないだろう、それにもともと絶対量が少なすぎるのがいけないのだ、などと言い訳を考えたりしたが、どうしようもない。でも外でタクシーを待っていた時に、キムと奥さんが現れたので、益崎が代表して謝ったら、全く問題ないと言ってくれたので、一応ホッとした。奥さんもやはりシャモニーっ子で年はキムより5歳下、スノーボードのインストラクターとかで、スラッとしたなかなかの美人だ。キムは年間300日以上山に入っているそうで、すれ違い夫婦どころではないのだろう、たまの逢瀬を楽しむにはこういう機会も貴重なのだと思う。兼ねてキムの着替えを届け、不要になった装備などを持って帰るということだろう、タクシーが来る前に早々に小さな車を運転して帰って行った。
タクシーは10分遅れてやってきた。シャンペから緑の斜面を電光形の道路が下って行き、やがてオルシエの町に到着。駅前のスーパーでこのあとの4日分の食料を仕入れる。パン、チーズ、ハム、サラミなどの昼食にスニッカーや豆菓子などの行動食で、この買い物はガイドフィーに含まれているということで全部キムが選び、支払った。再びタクシーに乗り込み、ルシャーブルの町からベルビエのスキー場目指して登って行く。ベルビエのスキー場は扇形に広がる山の斜面に放射状にリフトやゴンドラを張りめぐらしたようなところでホテルやロッジなどが立ち並んで賑やかそうなのだが、ゴンドラの乗り場に着いたら妙にひっそりしている。それもそのはず、もうスキーシーズンは終わってしまい、ゴンドラも動いているのは1本だけ、それも1時間後の10時半にならないと動かないと言う。近くのレストランや商店も全部クローズ、さすがのキムもそこまでの情報は入手していなかったようで、仕方なく誰もいない広場で時間つぶし。10時半近くなると、山スキーを持った人がぼつぼつ集まってきて、ゴンドラの運転が始まった。6人乗りのテレキャビンに乗り込み1522mから2192mまで、670m。本来はこの上もリフトがあって、2800m余りまで、あと600m労せずして登れるはずなのだが、この上に人影はない。あてが狂ったが仕方がない、歩いて登るしかない。同じゴンドラで登った人たちも前後して登って行く。なかでも2人の若い女性のパーティーが元気よく、すごいスピードで登って行くのにびっくり、足が長いので一歩一歩のストライドが広い、あんな調子で続くのかと思ったが、ぺちゃくちゃおしゃべりしながら、全くピッチが落ちないのに感心した。
ゆるやかなゲレンデを登って小さな尾根を越えたあと、ほぼ水平の道をモンフォーの小屋まで1時間15分。小屋には寄らず、そのままショーのコルを目指す。標高差は500m強、なだらかな登りで、キムはこの登りは危ないところはないから、マイペースで来るように、俺は先に行っていると、一人で行ってしまった。伊東は最初、ラストを歩いていたが、そういうことなら、ここはいいだろうと、途中からキムのあとを追いかけてみた。体調を確かめる積もりもあって少し飛ばしたが、股関節は問題なし、頭痛もなくなった。どうやら高度にも慣れ、体が山になじんできたようだ。でも、前方のキムはゆっくり歩いているように見えて全然追いつかない。1ピッチ歩いたが、陽射しが強く、のども渇いて来るし、ここでエネルギーを使い過ぎるわけにもいかないので、途中であきらめた。あとは4人、休み休みのんびり登り、モンフォーの小屋から2時間かかって、ショーのコル2940mに着いた。ここでシールを外し、2700mの湖まで滑り、またシールをつけて今度はモマンのコルを目指す。ここは左に岩山を見ながら山裾を捲いて行く。岩山にはところどころ雪のついたルンゼがあるので、キムは50m間隔で来るように言う。ショーのコルの登り、このモマンのコルの登りとも天気が良すぎて暑くてならない。日除けつきの帽子を被っていたが汗が目に入るのでバンダナの鉢巻に変更した。雪崩の危険地帯を抜け、モマンのコルの手前で一休み、ランチのサンドイッチを頬張る。本来なら今日は楽な行程だったのだが、ベルビエのリフトが動かないおかげで逆にハードな一日になってしまった。振り返ると谷を挟んでシャルドネのコル、サレイナ氷河、トリアン・プラトーなど越えてきた山が良く見える。途中に車の移動があるので、昨日あそこにいたことがピンと来ない。モマンのコルは素通り、ローザ・ブランシュの北側を捲いて行く。ピークの北の肩でシールを外し、氷河を滑って行く。キムはすぐそこだ、と言ったが疲れた足には結構な距離だった。緩い氷河から一段下がった、岩山に囲まれた谷間に今夜の宿の小屋があった。
この小屋はもともとディス湖のダム工事の作業員の宿舎があったところで、その隣に、お金持ちの篤志家が登山者用に山小屋を作ったのだと言う。出来て5年とのことで、建物は小振りだがきれいでトイレも水洗、手洗いの水も蛇口をひねると出る。到着したらすぐ熱いお茶を出してくれるなど、心遣いもありがたい。寝室も大小いろいろあって、我々は7人部屋に入ったが、相客はなく、4人だけで占有となった。夕食がまた素晴らしく、麦入りスープに始まってインゲン豆とトマトのサラダ、メインは肉と野菜たっぷりの煮込み、フライライス、それにデザートとフルコースである。料理はどれも美味しく、量もたっぷり、山小屋でこんな食事が出来るなんて感激した。ところがこの料理を作っているのは、たった一人のおばさんで、小屋の管理も何もかも一人でやっているのだと言う。確かに忙しく働いていたが、サービスも良いし、一人でここまで出来るとはとても信じられない。ともかく今回泊った小屋の中ではダントツのナンバーワンだった。