オートルート3 

 

4月26日(火)晴れ
シャモニー発11:50-グランモンテ・スキー場12:10~グランモンテのコル13:38~アルジャンチェール氷河、昼食(14:07~14:30)~アルジャンチェール小屋15:15

明けると青空が広がり、いい天気である。ずーっと見えなかったモンブランもまぶしく光っている。こうなると元気が出る。股関節の痛みもやわらいで余り気にならなくなった。
シャモニーも今日でお別れ、小さいザックを肩に兼用靴を履き、スキーを片手、その他の要らない荷物はスーツケースなどに詰め、ガラガラと引きずってガイド組合に行く。組合の掲示板に貼り出された天気予報を見ると、この先もまずまずの天気のようだ。雪崩情報というのもあって、危険性は中ぐらい、黄色と黒のチェックの旗が翻っていた。まず、スーツケースやダッフルバッグをガイド組合の事務所の隅に運び込む。我々の出発後、ツェルマットへ運んでもらうためで、いつ発送するかは未確定だが、ガイドのキムを迎えに行く便で運ぶことになるだろうという話だった。そのうち、我々をグランモンテ・スキー場まで送ってくれることになっているミレイユが現れたが、出発時間が違うとか言い出してキムに連絡した結果、11時45分出発に繰り上がった。やがてキムも現れ、大谷、中澤に見送られて出発。彼らは天気が回復したので今日、ミディからエルブロンネンを往復したあと、レマン湖の方へ行くことになっている。あらかじめスイスパスの1等を買ってあるので、ゆっくり汽車の旅を楽しみ、ベルナーオーバーランドを回って、我々が到着する予定に合わせて5月1日にツェルマットに入ることになっている。その間、両パーティーは国際携帯電話で毎日夕方、連絡を取り合うことにした。
20分ほどでグランモンテ・スキー場に到着、ここはまだ営業中でスキーヤーが大勢いて賑わっている。ゴンドラを二つ乗り継いでグランモンテ3295mの山頂駅、ドリュの裏側が見える。そこから急な鉄の階段を下りてグランモンテのコルに下り、ここでスキーを履く。いよいよオートルートのスタートである、期待と不安で気持ちが高まる。キムが「ベストスキーヤーは誰か」と聞くので木邨だと答えると「では木邨が最後に滑るように」と言う。キムに続いてフジクニ、益崎、伊東、木邨の順に滑り出す。また後で、登りの時「ベストハイカーは誰か」と聞かれ、伊東がラストを登ることになった。ということで以後、それが登り下りのオーダーの基本となった。
ここからアルジャンチェール氷河まで急でコブの斜面と聞いていたが、それほどのことはなく、標高が高いので雪質も良く快適に滑る。ただ、空気が薄いせいか長く滑ると息が切れるようだ。長丁場になるので、あまり小回りはせず、ターンを少なくして、出来るだけ疲れない滑りを心がける。他にも同じようにアルジャンチェール氷河目指して滑っていくパーティーがいる。みんなオートルートに行くわけではないだろう。途中からスキー場の中段、ロニョンに戻るコースもあるし、このあたりはスキー場の一部のようだ。コルから氷河まで標高差600mあまり、途中の岩場からやや右にコースをとっていく。天気がいいので中間から下は雪が重くなってくるが、まずは順調に氷河に下り立った。
ここで休憩して昼食、出発前にキムがくれたサンドイッチを頬張る。これがなかなか美味い、大きいので全部は食べられないので、明日の昼飯に残し、ナッツ類も少し食べる。お日様を浴びていい気持ちだ。正面にアルジャンチェールとシャルドネの針峰に挟まれたシャルドネ氷河。明日はあそこを登るのだ、氷河の下の方はずいぶん急に見えるが、朝は雪も固くなるから大変そうだな、と思って眺める。
ここからアルジャンチェール小屋までは1時間足らずの登り、最初氷河左岸のモレーンを行き、途中で右岸に渡るが広々としていてクレバスなどあるようには思えない。昨日心配した股関節も今日は痛みが消えてくれ、普通に歩ける。助かった、この分ならどうやら大丈夫だ。氷河奥正面にはモン・ドランの三角錐、右岸にはシャルドネ、アルジャンチェール針峰に続きトゥール・ノワールなどの針峰群、左岸にはヴェルトからドロワットの北壁、トリオレの尖峰などが突っ立っていて、まさに岩と氷の殿堂に入って行く感じがする。ドロワットの北壁の取り付きまでトレールがついている。誰か登っているのかと目を凝らしたが、それらしい姿は見えなかった。氷河の上からはスキーヤーが何人も下りて来る。軽装でオートルートの逆コースとも思えない、どこか奥の方の山にでも行って来たのだろうか。アルジャンチェール小屋は氷河から50mくらい上がった岩場にある。昔は氷河がもっと上まであったのだろうが、今はかなり登らなければならない。急な斜面をトラバース気味に登って小屋の入口に到着した。
小屋は木造、1階の入り口外にスキーを置き、中に入ると土間に靴を入れる棚(コインロッカーのような)が並んでいて、小屋履きとしてゴムの短靴がたくさん置いてあるので、そこで靴を履き替える。トイレは1階の奥、階段を上がると右手が食堂、左手に寝室がいくつも並んでいる。トイレの臭気消しだろうか、階段の途中に香が炊かれていて、いい匂いがする。寝室は2段のカイコだな、90cm間隔くらいで毛布と枕が並んでいて、上下それぞれ10人位が寝られるようになっている。ここではザックなど装備を入れる籠などはないので、通路に並べることになる。最初は我々4人だけで下段の奥に居を定めたが、やがて後から4~5人入ってきて上段を使うことになった。ガイドはガイド用の部屋があるようで常に別だった。今日の客は20人ほどか全部外人である。そう言えば今回は山中で日本人には一人も会わなかった。
荷物を置いて食堂に行き、まずは初日の無事終了を祝ってワインで乾杯。今日は実働1時間15分とほんのわずかだったが、初めての氷河、岩と氷雪ばかりの世界に少々興奮。とうとうオートルートにやって来たと皆感激の面持ちだった。17時大谷との定時交信の時間だが携帯の圏外でつながらない。今日は駄目かと思ったら、大谷から小屋の電話にかけてきた。ミディからエルブロンネンへのゴンドラは運休だったそうだが、いい天気で素晴らしい展望に恵まれたようだ。そのあとシャモニーを出てマルティニーからレマン湖に回り、モントルーに泊まると言っていた。こちらも無事初日を終えたことを伝える。
夕食はスープとパンとパスタ、赤ワイン1リットル。あごの関節が痛く、固いパンが食べにくいので軟らかいパスタは助かった。胃の調子も良くない。これは連日の脂っこい料理とアルコールで胃が草臥れたのだ思う。山に入って胃の調子を壊すことは、これまでにもあり、そうなると飯が食えなくなってひどい目にあう。北鎌ではなぜか3年連続、同じことが起きた。初日からこれでは、またあの再現かと愕然たる思い、他の3人には悪いが、以後、山中禁酒を宣言、最大限、胃をいたわることにした。高度の影響だろう、軽い頭痛もする。祝杯のワインの後、一休みして呼吸が浅くなったためか、深呼吸を数回繰り返すと頭痛は消える。この頭痛も禁酒を決心させた一因。それにしても他の3人はなにごともないようなので、一人不安になる。
飲料水は全てペットボトル入りのミネラルウォーター、小屋の食事の時は1.5リットル1本が無料と言うか、宿泊費に含まれているようだったが、行動用に各自1.5リットル持っていくので、毎晩4本ほど買うことになる。またテルモス用のお湯は無料でもらえる。
毎日夕食時にキムが翌日の予定を告げる、明日はシャルドネのコルを越え、サレイナの窓、トリアン・プラトー、エカンディのコルを越え、アルペッティの谷を滑ってシャンペまでの長丁場になる。朝食は6時から、出発は7時と決まる。緯度が高いのとサマータイムでもあり日暮れが遅い、夕食の後も空は明るく、8時ごろになってようやく、山が夕映えに染まった。天気がいいので夜は冷え込むかと思ったが、全然寒くならず、夜中に毛布を減らした程だった