2001鉄驪荘新年会 獅子吼城跡探訪

2001鉄驪荘新年会 獅子吼城跡探訪

 

恒例の鉄驪荘、浜野さんを偲ぶ新年会と軽登山、獅子吼城跡。

 

参加者

 浜野由美   田村正子   (浜野)あき

山中秀彦  木邨光宏  大谷尚史  藤原国生  益崎健二郎  

内田正明  片岡ひとみ  伊東 毅

 

 

1月11日

 10時新百合ヶ丘駅で山中ピックアップ、10時20分矢野口駅で益崎ピックアップ、談合坂で休憩、いい天気で暖かい。甲府盆地に入ると白銀の白峰三山や南アがきれいに見えた。須玉から蕎麦「いち」へ、揚げ野菜おろしそば、1600円、とろろそばは1800円、いつになく空いていた。鉄驪荘に13時半、浜野夫人と田村さんという友人?の2人がいた。昨日来て、アキちゃんは用事で帰ったそうだ。マージャン、半荘2回、15時半ごろ大谷、フジクニが来たので、きららに買い物、16時には戻ったがアンコウが来ないので鍋は始まらない。内田、木邨は勝沼近くの棚横手山というのに登って、電車で17時すぎに来るところ、甲府駅で乗り換えのミスで18時過ぎ到着。入れかわりに片岡を迎えに長坂駅に、暗くなると田舎道は電灯がないので、帰り道を間違えた。

全員揃って、ようやく始まる。内田が水戸から背負ってきたアンコウ、イワタニコンロ2台、鍋2つ、野菜たっぷり、みそ仕立て。ビール、日本酒、シャンパン、焼酎。山中さんがカラオケをセット、フジクニ、大谷は英語、独語の歌、カラオケマイクに結構入っている。木邨はお疲れ、始まる前にダウン、早々に就寝。残りのお爺さん6人も10時頃、2階に引き上げた。

 

1月27日

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鉄驪荘(8:50)=日野春駅(9:05)=根古屋神社(9:40)~登城口(9:50)~本丸跡(10:15~10:30)~根古屋神社(11:00)=須玉IC=府中本町解散

 

 6時半に起きる。高曇りだが、甲斐駒がモルゲンロートに染まる。朝飯は鍋の残りでおじや。朝食中にアキちゃんが迎えに来た。8時50分に出て、日野春駅に山中を送り、塩川沿い、増冨鉱泉に行く途中の根古屋神社の駐車場へ。巨大な古いケヤキの大木が2本ある、古寂びた神社。大谷と内田はここから先に帰る。残り5人が獅子吼城跡探訪。東側の登り口から急な尾根、踏み跡があるが落ち葉が積もって滑りやすい。高度差は100mほど、登っていくと石垣や曲輪跡らしきものが現れる。頂上、本丸跡は平らで結構広いが、そんなに大人数が籠るような城ではないようだ。狼煙を上げる装置や、見たことのない弓矢、刀を持った神様?石像がある。どちらも新しそうなもの。信州峠、横尾山方面がよく見える。下りは反対側、右手すぐ下に道路と民家が見えるが、そちらは私有地で通行禁止。北の尾根、こちらの方が石垣や堀跡が多い。登り下りで1時間ほど、根古屋神社の脇に下りてきた。

 車に戻り、車道で城山を一周、猿がいっぱいいた。まだ時間が早いのでそのまま帰ることに。中央道ガラガラ、談合坂で昼食、ほうとう、野菜、きのこが多く、満腹。府中本町で解散、帰宅は2時半。

獅子吼城跡は木邨推薦、戦国時代末期、武田が滅んだあと北条と徳川が争ったところだそうだ。この辺は小さな山城が点在して、好きな人は多いらしい。1週間前までは雨の予報でどうか、と思ったが、日差しもあり、穏やかな天気でよかった。